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【07】大阪環状線'98〜323系誕生に寄せて〜

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写真: 【07】大阪環状線'98〜323系誕生に寄せて〜

写真: 【06】ボンネット!〜京都鉄道博物館グランドオープンによせて〜 写真: 【08】環状線に真っ赤な珍客!

天王寺駅のカラービジョンには銀色の車体、LINDBERGの「今すぐKiss Me」のメロディーに乗せたCM。
もうすぐ大阪環状線に323系なる新型電車が投入されると聞きます。
思えば長いこと環状線といえばオレンジ色一色の電車のイメージでした。それは私が生まれるずっと前、この線が全通以来101系〜103系〜201系といった国鉄型電車=国電が途中メンバーの入れ替えこそあれ受け継いできた橙のバトンでした。
JR西日本の収益の一つの柱、さらに大和路線やJR京都線、阪和線・関西空港線そしてきのくに線への直通という運行上の要としての存在感が大きくありながら、使用される車両はいくら当線の運転に向いた性能とはいえ他線区からの乗り入れ車両が新しくなっていくのを横目に環状線専属の森ノ宮電車区の電車たちは減価償却などとうの昔に済んでいる古い古い国電ばかりで、何かにつけ東京の山手線と比べられ時代遅れだの40年前から車両が進化していない(実際山手線のお古が流れてきてつい最近まで走っていました)だの見劣りするだの言われ続けた大阪環状線は、ようやく今年2016年からその姿を一新しようとしています。
しかしながら大阪人の生活の一部と言っても過言ではない、あの見慣れたオレンジ色の電車が町の景色から姿を消してしまうことには一抹の寂しさを覚えずにはいられません。
私の地元、大和路線にも朝晩通勤通学の応援にオレンジ色の環状線電車が快速で走り回っていたイメージがありました。
普段大阪市内をゆっくりぐるぐる回っているうっぷんを晴らすかのように夕暮れ時になると立て続けに河内平野や奈良盆地をモーター音全開で誇らしげに走っていたのを覚えていますが、気づけばそれも風前の灯、今やそれも1本だけのようです。

1998年10月10日の撮影。
大好きだった(今でも好きでよく聴きます)LINDBERGは2002年解散ですからこの年は活動中、ちょうどオレンジ色のジャケットのベスト盤が出た頃でしょうか。
10月10日は当時「体育の日」で祝日扱いでした。
さすがに東京オリンピックの開会式に指定された日だけあって晴れる日が多かったように記憶しています。
雲ひとつない快晴だったので、思い切ってフジクロームプロビア100(RDPII)をカメラに装填、ASA100のままで挑み寺田町駅ホーム先端で撮影。
使用レンズはミノルタAF ZOOM70〜210/4.5〜5.6 Newというダブルズームセットのキットレンズですが、現代のキットレンズと違いしっかりした金属マウントに窓式の距離計、MF時にも扱いやすいラバーのピントリングと手を抜かずしっかり作られていたもので、現在愛用している昭和60年の初代70〜210/4ズームに負けない描写力がありました。
さすが大阪は堺の名工ミノルタ、AFがキヤノンに比べ遅く、ニコンと比べ精緻さに劣るのが玉に瑕でしたが、ロッコールの伝統は息づいていたと思います。
プロビアの性能が良かったのか、それとも保管状態が良かったのかほとんどフィルムに褪色は見受けられず、銀塩写真全盛期のフジクロームの実力を思い知った次第です。
戸袋窓が埋められたり、ガラスの押さえゴムが黒色になっていたり、中間車だけがリニューアルされたりと過渡期の姿ではありますが、20世紀末の環状線は白地の方向幕も国鉄時代そのまま。
京都鉄道博物館に収蔵されているトップナンバー、クハ103-1は残念ながらこの日出会えませんでしたが、かわりに111のピンゾロナンバー車を撮影していたのでご紹介します。

時代は環状線のようにぐるぐる回り続け、一度解散したLINDBERGは途中期間限定復活を挟み昨年2015年に再結成。
帰ってきた「今すぐKiss Me」が奇遇にも環状線の生まれ変わりのテーマソングになっていることをうれしく思いながらも、時代の流れを感じています。
あれから歳を重ねましたが、同曲の歌詞のように「ドキドキする」鉄道写真撮影は「やめられない」ようです…(笑)。


DATA:ASA100,70-210mm,1/500,F=AUTO

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